森国久顕彰会のホームページへアクセスいただきありがとうございます。

小冊子を刊行しました。

森国久顕彰会が発足したのは昨年の4月です。その頃から要望が強かった「森国久の人物像と功績、生涯」についてのダイジェスト版的な手軽に読める本がようやく発刊するに至りました。製作のスタンスは「小学生の高学年なら読める文体と表記」をコンセプトにできるだけ多くの写真も掲載し作成しました。

ぜひ手に取って読んでいただきたいと思います。45分~1時間程度で読める内容になっています。

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本の目次は以下のとおりです。

1 多彩な職歴
2 村長選に出馬
3 村長の改革的手腕
4 三村合併で龍ヶ岳村誕生
5 視野は広く、 実行は速やかに
6 全国の離島振興のために
7 離島振興法に法としての息吹を!
8 全「天草市」の構想
9 天草架橋と森国久
10 志なかばの死
11 優しさと寛容
12 熟慮断行の人
13 実直を生きる
14 政治家、そして詩人の魂
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購入について

①直接購入
熊本市近郊の方については

熊本機能病院 地域交流館 ブックストア「暖」にて発売中

②郵送での購入
・ 申し込み先及び問い合わせ先

Eメール: kunihisa0710@gmail.com

③ 代金 本代 1冊 1,000円 + 送料180円

冊数が多い場合はメールにてお問い合わせください。
ある程度まとまると送料無料とさせていただきます。

④代金振り込み先
ゆうちょ銀行
記号 17100
番号 30835801

⑤発送は入金確認後となります。

⑥ネット・ショップからの購入

クレジットカードをはじめ各種の支払い方法が選べます。
サイトは こちら https://ariesbook.thebase.in/

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以上、よろしくお願いします。

森国久とは?

異色の人材―森国久
森国久は大正元年(1912)、熊本県天草郡樋島村(現在は上天草市龍ヶ岳町樋島)に生まれました。家庭的に不遇な幼少期を過ごしますが、さまざまな経験を積みながら、こころ豊かな人に成長していきました。

独学、勤勉の人
兵役に就いていた20代の後半、中国南部の兵舎で、戦火・従軍の合間をぬって寸暇を惜しむように政治学、法学、経済学を独学し、他方では詩を書いていました。

生まれ故郷の村長に
太平洋戦争がおわった新生日本の激動期、公職追放に遭い警察官を辞め、熊本県南部の八代市の港町で団体役員をしていました。昭和26年(1951)5月、若者たちに請われ、38歳で生まれ故郷の樋島村の村長選に立候補し、当選して村長になります。

村政改革
これを境にして彼の人生は一変します。財政赤字を解消し、停滞していた政治の改革を断行します。詩人の魂をそなえた政治家、森国久の第二の人生がここから始まります。それ以後、常に住民とともに歩み、一緒に汗水を流し、陽の当たらない人にも手をさしのべ、人びとを励ましつづけました。

天草諸島全域の政治リーダーに
離島天草の後進性を痛感した森国久は、小自治体の限界を克服するために町村合併を進め、さらに天草諸島全域の広域行政に目を開きました。そして天草架橋、天草全島の道路網整備、本渡瀬戸開削、天草の国立公園化等のために日夜奮闘しつづけます。

日本全国の離島振興に貢献
熟慮にもとづく決断力・実行力をもって、離島振興を目的とする全国組織の役員や政府審議会の委員として活躍しました。

早すぎた死
しかしながら昭和36年(1961)6月26日、あれだけ熱望し、着工への確かな道筋を付けたにもかかわらず、天草五橋の完成の日を待つことなく、過労から来る病気のため倒れ、妻子を遺して急死しました。このとき48歳でした。

大いなる遺産
人生の最後の10年間、寸暇を惜しむように住民の、住民による、住民のための政治を誠心誠意実践しました。そしてこの実践によって、このホームページで紹介する多くの有形・無形の遺産を遺しました。


<渡し船で通勤していた森国久>

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◆ 詳しくは、メニューの「資料と解説」に順次掲載していく予定です。

< 森国久が生まれた樋島を龍ヶ岳山頂から撮影>
現在は熊本県上天草市龍ヶ岳町樋島です。

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