龍ヶ岳、樋島について

森国久が生まれたのは、当時、熊本県天草郡の樋島村と呼ばれた、総面積が4平方キロメートルあまりの小さな島です。樋島という一つの島で一村をかたちづくっていました。
この島は上空から眺めると金魚の形、あとに触れる龍ヶ岳山頂から眺めるとワニのような形をしています。隣には肉食恐竜の化石で知られる御所浦島があります。

樋島は別名「水島」とも呼ばれるように、「樋島」の「樋」は「水」と関係があります。樋島の「樋」は、雨水を地表や雨水マスの中に導く「雨樋」の「樋」と同じです。そう言えば、この島は小さな島なのに、昔から不思議と地下水が涸れることがなかったそうです。昔々、景行天皇が九州巡幸のさい、樋島に寄港して水を補給したという伝説があるくらいです。

後に森国久が村長に就任した樋島村はその後合併で龍ヶ岳村になり、森国久はその初代村長となりました。さらに龍ヶ岳村は名前を龍ヶ岳町と変え、森国久はその初代町長となり、1961(昭和36)年6月に急死するまでの8年間、町政に携わりました。その後、龍ヶ岳町は、2004(平成16)年、大矢野島の大矢野町や天草上島の松島町、姫戸町などと町村合併し、現在の上天草市が誕生しました。

昔の樋島村は小さな村ですが、漁業、海運業、造船業、石灰製造などで栄えていた時代がありました。人口密度も高く、村として最も栄えていた頃には映画館もありました。村には観乗寺という名の、天草では由緒ある浄土真宗のお寺があります。今も島内はもちろんのこと島外の檀家も多く、昔は行事の時など、周囲の島々の人びとは船に乗ってお寺に来るのを楽しみにしていました。

龍ヶ岳町は、雲仙天草国立公園のなかにあり、もちろん樋島も、島まるごと国立公園です。この町には海抜470メートルの龍ヶ岳が凜々しい姿でたたずんでいます。よく晴れた日にその山頂に登ると、樋島は言うまでもなく、不知火海に浮かぶ芦北海岸県立公園の島々や御所浦の島々、鹿児島県の獅子島や長島までも遠望することができます。合併前の町名を入れた地図を作成していますのでご覧ください。
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