旧制)県立八代中学校時代の仲間たちと共に

前列右が森國久です。1927(昭和2)年、天草中学校から八代中学校に転校した森國久は、旧八代港のすぐそば、建馬という地区にあった森家所有の家で起居しながら学校に通います。八代中学校ではまじめによく勉強したそうです。
家の敷地と八代港はほとんど地続きといってもよい趣で、港は球磨川の広い河口に形成された中州の北側を東西に流れる前川に面していました。ちょうどこのあたりは、淡水と海水が入り混じる汽水域で、当時はここが八代港だったのです。現在の八代港は、建馬町から西方約1キロメートルの所にありますが。